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この表題は、田辺保著『ボーヌで死ぬということ』(1996年/みすず書房/刊)からの借り物である。今期、ボーヌに旅したのは二度目の筈だが、旅の始めから、何故だか三度来たような錯覚が私を支配していたのであった。こうした錯覚は、若い頃から再々訪れているブリュージュでもある事だ。ブリュージュでは、殊にヤン・ファン・エイクがアトリエを構えていたとされる界隈で多く自覚され、実際、私にしか悟り得ない奇妙な出会いや偶然が頻出するのである。例えば、<青い血>とも呼ばれる、正真正銘のフランドル辺境伯の子孫であるベルギー人画家との出会い(しかも彼は幻想画家である)や、彼と相似たグループ活動の主宰の過去など、不思議な縁が多いのだ。前世記憶のようなものを信ずるとすれば、「私はこの町に嘗て住んでいた」といった妄念を強く覚える。
徒し事は扨置こう。 (旅絵師?の仮寓) ボーヌ再訪の三日間、かかる記憶の錯覚をつらつら訝しんで居たが、こうして現実の旅を終えてみると、妄念とは別して、その具体的な理由をありありと想像出来る。私は田辺氏の著作の中の<仮想の旅>と、<四年前の初回の旅>、そして<今回の旅>とを混同して三度と感じていたに違いない。 (ロヒール・ファン・デル・ウェイデン『最後の審判』ー可動式拡大鏡ポジションで撮影) 現実の旅は、展覧会に託つけた旅。しかも最近は絵が間に合わず、滞在先のアパルトマンやホテルで絵を描き続けるという芸当をいつの間にか身に付けてしまった。結果、今回もーーーというのは毎年パリで行っている日仏混成の党派的展覧会( I.F.A.Aとは無関係の私個人企画)の現地製作同様ーーーボーヌ施療院と仮のアトリエであった前庭付きのアパルトマン式ホテルの部屋以外、出歩く回数が乏しかった。故に、私は現実の町と仮想の町双方に起居していたという訳だ。そして、心は何処にありやと申せば言わずもがな、絵の中の今一つの仮想空間の中…。 (ディジョンのホテルにての製作風景) 「旅する絵師」などというと、何やら格好よく思えるが、その現場は必死そのもの。自業自得とは申せ、展覧会に間に合わねば詰め腹、自殺行為である。 (90×90cm。辛うじて完成なれど、これは大下図に過ぎぬようにも思える。略倍の本画を仕立てねばなるまい。) 今回も、体裁だけは間に合ったが、次回の巡回地ドイツはミュンヘン山奥の芸術家村ヴィヒタハに残る作品を回すという許可で、なんと大小三点未完で持ち帰って来たのだった。他の常連参加者の多くがそうしていると聞き、私もその顰み。実力者が多い中で、詰めの甘い絵は厳禁との自主規制なれど、首の皮一枚で繋がった思い。私の絵の密度では、総面積100号分を半年で仕上げるのは不可能と、今更ながら思い知った為体(ていたらく)。 (仮想の旅は続く)
by shojitanaka
| 2014-07-22 15:18
| essey
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